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北方謙三
「独り群せず」
★★★★★





サイモン・カーニック
「ノンストップ!」
★★★★☆





岩崎夏海
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら」
★★★★☆





>岡田真理
「おひとりさま自衛隊」
★★★★☆





宮嶋茂樹
「不肖・宮嶋のビビリアン・ナイト(上)」
★★★★★





宮嶋茂樹
「不肖・宮嶋のビビリアン・ナイト(下)」
★★★★★



 北方謙三と初めて出会ったのは1981年であった。この年、実質的なデビュー作である「弔鐘はるかなり」を手に取って、一発でハマった。文庫になるのを待ちきれず、出る本、出る本、次から次に買ったものである。今でも、実家の本棚には、初期の初版本が30冊以上並んでいる。
 非常な多作家である。当時は、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットにも比肩しうるハードボイルド作家が日本にも誕生したと、単純に喜んでいたのである。でも、その多作家というところがボクにとっては仇となった。30冊も40冊も読んだら当然そうなるだろうが、飽きてしまったのである。シーナがそうであったように、あんまり出されちゃ価値が下がるのだ、ボクにとっては。
 というわけで、89年の「武王の門」に始まる歴史小説の分野、96年の「三国志」に始まる中国史小説の分野が、北方の新境地を拓いたとして話題になり評判になったころには、とっくに見切ってしまっていた。今回、久しぶりに著者の本を手にしてみて、かつてのハードボイルド一辺倒の頃とはまったく違う北方を発見し、この20年ばかりのご無沙汰を詫びる気になったものだ。
 「独り群せず」は史実に基づかない、フィクションとしての歴史小説である。前作「杖下に死す」において、大塩平八郎の乱を背景に活躍した剣客・光武利之は、20数年後の今は剣を包丁に持ち替え、料亭「三顧」の隠居兼料理人として静かな日々を送っている。しかし、幕末の激動は利之を放ってはおかなかった。
 ストーリーはストーリーで面白いのだが、この小説の一番のポイントは料理と魚釣りにある。実に詳細にその実技を読まされるのだ。しかし、作者の意図は、料理や釣りの極意が剣の奥義に通じるという点を強調するところにある。剣豪小説でありながら、全体を通じてチャンチャンバラバラの場面はほとんど出てこない。その代わりに、料理と魚釣りが出てくるという仕掛けなのだ。いずれは「三顧」の跡取りとすべく孫の利助を仕込む過程も、あたかも剣技を教え込むかのごとき厳しさで、挫けることなくそれに向かってくる利助の姿も、一人の剣豪が誕生する過程を見るかのようだ。
 今や、押しも押されぬ巨匠である。直木賞非受賞者(候補には3回なった)でありながら同賞の選考委員を務めるという、史上初の栄誉も手にした。長編小説の上梓数は125冊、エッセイなどが26冊と、出しすぎというぐらい出しているから、当然当たり外れはあるだろうけど、これを機に、付き合いを再開してもいいなと思っている。

 推理小説やサスペンスというとアメリカというイメージが強いが、実は、圧倒的にイギリスの文壇がこの世界をリードしているというのは、好事家の間では常識である。歴史的に見ても、コナン・ドイル(シロック・ホームズ・シリーズ)、G・K・チェスタートン(ブラウン神父シリーズ)、アガサ・クリスティ(エルキュール・ポアロ・シリーズ)に始まり、ジャック・ヒギンズ、フレデリック・フォーサイス、アリステア・マクリーン、ギャビン・ライアル、デズモンド・バグリィ、ブライアン・フリーマントル、イアン・フレミング(007シリーズ)、ディック・フランシスなどに受け継がれた流れは、現在に至るも途切れることがない。
 そして今、新たな星が誕生した。「ノンストップ!」はカーニックの5作目に当たる作品だが、アメリカ風の超特急アクションをイギリス紳士が演じるという、きわめて視覚的、映画的なサスペンスである。
 IT企業に勤める営業マンであるトムは、ある日、5年間も疎遠にしていた旧友からの電話を受ける。しかし、それは、まさにその旧友が殺害されようとする直前の電話であった。そして、最後の言葉は、殺人者に対してトムの住所を告げる言葉だったのである。旧友の自宅からトムの家まで、車なら15分の距離だ。子供2人を連れて、急いで逃げ出すトム。でも、なぜ旧友が殺されたのか、なぜ自分の住所が殺害者に告げられたのか、理由に心当たりはない。危険が迫っているという直観だけがトムを駆り立てたのである。
 妻は大学の講師。電話をするが捉らない。大学まで出向いてみると、妻の同僚が殺されており、妻も失踪している。おまけに、殺人の容疑がトムにかかり、警察からも追われる立場に追いやられる。事件解決までの24時間、まさにノンストップの逃亡劇が続くことになるのである。殺人者はだれか、追われる理由は何か、謎はなかなか解き明かされず、一方で、めまぐるしくシーンを変える逃亡劇が超特急で突っ走る。非常にスリリングな読書体験であった。

 話題の「もしドラ」である。バカ売れしているらしい。下敷きになったピーター・ドラッカーの「マネジメント」は1974年、40年近く前の著作だが、今でも企業経営のバイブルとして世界中で読まれている経済書だ。その「マネジメント」が説く経営理念を、そっくりそのまま高校野球チームの運営に当てはめたらどうなるか、そういう発想から生まれた小説である。
 作者の岩崎夏海は芸大美術科卒、放送作家を経て、この本で小説家デビューを果たした。「マネジメント」を高校野球に応用するというアイデアをブログに書いたところ、経済書専門の出版社ダイヤモンド社がそれに目をつけ、小説にしないかと持ちかけたという。ダイヤモンド社も、ここまでの大ヒットになるとは思っていなかったことだろう。
 小説そのものはクサい。そりゃそうだ、現実にはあり得そうにないことがテーマだからだ。良くて3回戦までという都立高校の野球部が、ドラッカー効果によって甲子園に駒を進めることになるのだから、ストーリー展開に無理難題が立ちふさがるだろうことは目に見えている。
 しかし、そのクサさを割り引いても、面白く読めた。かつてサラリーマンだったボクは、自他ともに認める管理職失格者であったから、「マネジメント」は穴が開くほど読んで勉強したのである。勉強の甲斐はゼロだったけど、ドラッカーが説く理屈は頭に染み込んでいる。それが高校野球という舞台で実践されるというわけだから、実に分かりやすい。「マネジメント」の超訳本だと思えばいい。

 「おひとりさま自衛隊」は、酔った勢いで予備自衛官補に応募してしまった27歳の女性の体験記である。予備自衛官とは、旧軍でいえば予備役、つまり兵隊の補欠である。ふだんは一般人として暮らし、一朝事あれば兵隊になって戦うという立場だ。予備自衛官補はそのまた補欠、50日間の訓練を完遂しないと予備自衛官には任官されない。その50日間の悪戦苦闘が、ユーモアあふれる筆致で綴られる。
 訓練は、多少の手加減はあるものの、基本的に新任の自衛官が受けるものと同じである。フツーのOLがその訓練に耐えられるのか、訓練を通してなにを学び、どのようにして自己を発見していくのか、そのあたりが面白おかしく書かれている。肩こり無縁のお手軽本である。

 イラク戦争の記憶はまだ新しい。バクダッドに米軍のミサイルが撃ち込まれ、対空砲火の曳光弾の光跡が夜空を彩るテレビ中継画像からは、忘れるに忘れられない鮮烈なショックを受けた。
 その、まさに爆弾降り注ぐバクダッドの街にいたたった4人の日本人カメラマンの一人が、不肖・宮嶋だったのである。
 文章は例によって不真面目である。宮嶋ならではの右翼思想もモロ出し。でも、戦時下で「いい写真」をゲットしようと悪戦苦闘する職業意識は大したものだ。戦争自体は泥沼化し、いまだにそれが尾を引いているし、巻き込まれて犠牲になった民間人も多数に上る。ともすれば、そういう悲惨な一面だけに目を向けがちな一般マスメディアの「目」とは違った、報道者、しかも、現地で実体験中の報道者としての思想や視線、肌の感覚がまっすぐ伝わってくる。宮嶋独自のおふざけ文章も、この本に関する限りはただのおふざけで終わっていないように思えた。写真家として教えられることも多い本であった。



by osampo002 | 2010-08-26 00:49 | 本を読もう!
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