カテゴリ:本を読もう!( 100 )

12/26







東野圭吾
「白銀ジャック」
★★☆☆☆


 いかな名人とて人間である。当たり外れがあるのは避けられない。あの佐々木譲でさえそうであったのだから、今、流行作家の三本指に入ろうという東野圭吾にも、そりゃあ当たり外れがあっても致し方ないであろう。しかし、その振幅が大きすぎるというのはどうか。当たりがでかいだけ、外れの酷さが際立つ。「白銀ジャック」がその典型であった。いくらでも本が売れているのだから、無理してこんなもの上梓しなくてもいいじゃないか、そう言いたくなった。
 スキー場がハイジャックされるという意匠は、確かに度肝を抜くアイデアだ。だが、結末のお粗末さで元の木阿弥、単なるアイデア倒れで終わってしまった。ストーリー展開も漫画チックだし、人物の掘り下げもなっていない。辻褄合わせのために、どうでもいいような登場人物を配置しただけという感じを抱いたことであった。








志水辰夫
「行きずりの街」
★★★★★


 志水辰夫、はっきり言ってあまり売れている作家ではなかった。自分自身で「永久初版本作家」などと自嘲を込めて言っていたほどだ。しかし、この「行きずりの街」で従来の殻を破った。1991年の日本冒険小説協会大賞を受賞、「このミステリーがすごい!」でも1992年度に第1位となり、ベストセラー作家の仲間入りを果たしたのだ。ボクは、今回のこの本が初めてである。聞くところによれば、ミステリーや冒険小説だけではなく、恋愛小説やおちゃらけもの、最近は歴史小説にも手を染めているらしい。多才なのであろう。
 教え子との恋愛がスキャンダルとなり、都内の有名高校を追放された波多野は、今は地方都市で塾の教師として成功している。その波多野が、失踪した元塾生の女の子を探しに上京してくる。だが、その子の失踪に、波多野を追放した高校の経営陣が関与しているらしいことが判明、心ならずも孤独な闘いに挑むことになる。
 なかなか味わい深いハードボイルドである。別れた妻と再会し、関係を取り戻していく過程など、恋愛小説としての味付けも絶妙で、ブロットの盛り付けと相まって、退屈しない小説に仕上がっている。世間の評価が高いのも十分納得できた。




黒川博行
「悪果」
★★★★★


 久しぶりの黒川博行、大阪弁刑事は健在であった。とにかく、文句なしに面白い。この作家に関しては、ここまでのところまったくハズレなし。
 今回の主人公堀内は暴対課の刑事。とことん腐りきっている(小説の中では、大阪府警全体が汚職の巣窟であり、この主人公は、本業の成績が良いだけまだましという設定)。暴力団の賭場の手入れをきっかけに、堀内は業界紙記者の池辺と結託して関係者をゆすり始める。しかし、池辺は不審な交通事故死を遂げ、堀内の周囲にも暴力の影が忍び寄る。果たして、彼の恐喝は成功するのか、例によって、軽妙な大阪弁の会話が味付けになって、ストーリー展開を盛り上げていく。600ページを超える大部だが、あっという間に読み終えた。






A.J.クィネル
「パーフェクト・キル」
★★★★☆


 先々週の「燃える男」に次ぐクリーシィ・シリーズ第2弾がこの「パーフェクト・キル」である。前作でシチリア・マフィアを壊滅させた元傭兵のクリーシィは、その戦いの中で死亡したという偽装が成功し、今は、住まいがあるゴゾ島で、愛する家族とともに静かに暮らしていた。
 しかし、その家族(妻と娘)が乗った飛行機が、スコットランド上空で爆破される。クリーシィは、同じく妻を爆死させられた米国の上院議員と組み、テロリストに復讐を挑む。孤児マイケルと養子縁組し、戦いのバックアップをさせるべく鍛え上げる。2人はテロリストを突き止め、復讐を遂げることができるのか、第一作に勝るとも劣らない冒険が始まる。
 とにかく、このクリーシィ・シリーズは面白い。今度ばかりは、読み終わっても処分せず、本棚に置いておくことにする。3、4年後にまた読みたくなること疑いなしだからだ。

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by osampo002 | 2010-12-30 14:21 | 本を読もう!

12/19







津本陽
「深重の海」
★★★★☆




 津本陽を読むのは今年3冊目である。「気骨の人」が★3つ、「名臣伝」が★4つであったから、評価が高いというわけではなかったのだが、去年読んだ「薩南示現流」がズバ抜けていたことや、好きな歴史小説の分野であることもあって、いわゆる「気になる」範疇にある作家なのだ。たまたま、次弟の所持本が親父を通じてボクのところに回ってきたので、期待半分で読んでみた。
 同人誌に発表された作品を除けば、この「深重の海」が実質的な処女作である。いきなり直木賞を受賞した。著者は出身地和歌山の素材をテーマにすることが多いが、その作品もその一環で、明治初期の太地町における古式捕鯨を主題としている。太平洋を跋扈する欧米の新式捕鯨船団によって沿岸を回遊するクジラが減り、伝統的な古式捕鯨に頼らざるを得ない太地の民は、ジリ貧の苦境に喘いでいる。農地はわずかしかなく、大きな消費地を控えているわけでもない太地では、沿岸漁業も村を救う手立てにはならない。畢竟、無理をしてでもクジラを捕り、一獲千金を狙うしかない運命だ。
 そういう村を、漁民の大量遭難が相次いで襲う。コレラの流行で村人が大量死する。この小説は、まさに「滅び」の過程を描く小説である。鬱々としたストーリー展開を、著者特有の、人情味を排した重厚な筆致が追う。
 大量の資料を読み込み、史実、事実を根拠にストーリーを組み立てていく手法は、この処女作の段階ですでに確立されているようである。古式捕鯨の手法などは、実に詳細に描写されている。会話もすべて当時の太地の方言。現在では、土地の人でも理解できない言葉が出てくるそうだ。土地の人ではないボクのような一般人には、その点、非常に読みづらい。苦労した本であった。





A.J.クィネル
「燃える男」
★★★★★




 クィネルのクリーシィ・シリーズは、たぶん3度目ぐらいの再読になる。何度読んでも面白い、第一級のエンターテインメントだ。
 この「燃える男」がシリーズ第一作になるのだが、この段階で主人公クリーシィはすでに老年に差し掛かりつつある。発表されたのは1980年、クィネルは、この段階ではシリーズものにする意図はなかったらしい。実際、第二作の「パーフェクト・キル」が発表されたのは、12年後のことである。もっとも、第一作の評価がきわめて高く、映画化されたり各国で翻訳が出たりしたものだから、以後はクリーシィ・シリーズ一本で勝負している感がある(残念ながら、2005年、第5作まで出したところでお亡くなりになった。享年65歳、まだまだ読みたかったのに・・・)。
 元傭兵のクリーシィは、今はもう「殺し」に嫌気が差し、生きる屍のようになって虚無的な暮らしをしている。そんなクリーシィを気遣う元傭兵仲間が、彼に仕事を世話する。イタリア人富豪の一人娘のボディガードという仕事だった。誰にも心を閉ざすクリーシィだったが、その娘ピンタの純真な心が、徐々に彼の心の扉を開き始める。
 しかし、ピンタは誘拐され、惨殺される。ピンタによって、生まれて初めて人を愛することを知ったクリーシィは、犯人に対する復讐を誓うのだった。だが、相手は巨大な犯罪組織、シチリア・マフィアであった。たった一人の復讐劇に敢然と挑むクリーシィ、だが前途は多難だ。
 ということで、久しぶりに冒険小説の真髄に触れた気がするキットくんは、早速続編の4冊も買っちゃったのだ。こういうときに、読んだ本は片っ端から古本屋に直行させるという習慣が恨めしくなる。面倒だけど、図書館をもうちょっと理由したほうがいいかも、などと思ったりするのであった。



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by osampo002 | 2010-12-30 13:57 | 本を読もう!

12/12







スティーヴン・ハンター
「蘇るスナイパー(上)」
★★★★☆






スティーヴン・ハンター
「蘇るスナイパー(下)」
★★★★☆




 久しぶりのボブ・リー・スワガー・サーガである。三部作(「極大射程」「ブラックライト」「狩りのとき」)以降の2作(「四十七人目の男」「黄昏の狙撃手」)を飛ばしたので、実に12年もの間が空いたことになるが、近作の和訳文庫本が出たので購入した。ボブ・リーもすでに64歳、ロートルであるが、狙撃手としての力量は衰えていなかった。
 主人公のボブ・リーは、実際の海兵隊の名狙撃手、カルロス・ハスコック(ベトナム戦争の伝説ともなった名スナイパー)がモデルとされる。小説の中で、ボブ・リーのべトナム戦争における公式確認戦果は87名となっており、モデルとなったハスコックの93名には及ばないが、狙撃だけではなく、拳銃の扱いにも長け、格闘術にも優れているとされている。
 かつてベトナム戦争に反対していた有名人4人が、次々に長距離狙撃によって殺害されるという事件が起こる。狙撃があまりにも見事であったことから、FBIは腕の立つ狙撃手数百名(軍人や元軍人、射撃スポーツ選手や教官など)をターゲットに身辺調査を実施する。すると、カール・ヒッチコック(名前や戦績からしても、実在のカルロス・ハスコックがモデルらしい)という、ベトナム戦争時の第一人者が容疑者として浮かび上がる。だが、そのヒチコックもまた、謎のライフル自殺死体となって発見される。
 証拠からヒチコック犯人説が有力となるが、証拠があまりにも整然と揃いすぎていることに疑問を抱いた特捜班主任のニック・メンフィスは、かつて一緒に仕事をしたことがある親友のボブ・リーに現場検証を依頼した。ボブ・リーは、これらの狙撃が、ヒチコックが使用していたスコープでは不可能という結論に至る。
 とっくに引退していたボブ・リーだが、渋々ながらも真犯人探しに関わることになる。だが、魔の手はボブ・リーにも及ぶ。何度も窮地に追いやられることになるのだ。果たして真犯人はだれなのか、ボブ・リーは無事に事件を解決できるのか、ボブ・リー・サーガの一巻だから、狙撃手としてのボブ・リーの活躍が読みどころになるはずだが、その狙撃シーンが出てくるのか出てこないのか、とにかく、ページをめくる手がじれったがって仕方ない。
 ボブ・リーが、狙撃銃ではなく日本刀を振りかぶって、日本のポルノキングと戦う「四十七人目の男」が、笑っちゃうほど駄作(忠臣蔵のパロディーみたいになっていて、実際に、読みながら笑いが止まらないそうだ)だという話を聞いていたので、12年間もの間このシリーズから遠ざかっていた結果になったのだが、往年のボブ・リーがやっと復活である。上下2巻、計800ページをあっという間に読んでしまった。





佐々木譲
「北辰群盗録」
★★★☆☆




 「北辰群盗録」は佐々木譲らしからぬ駄作であった。まるでB級映画のシナリオみたいな筋書きで、駄文の名手と評価の高いキットくんすら、顔を赤らめるほどの下らなさであった。明治初期、官軍に降伏した五稜郭幕軍の脱走兵たちが、北海道を舞台に暴れまくる。それを阻止しようとする矢島従太郎もまた、かつては五稜郭に立てこもった兵士であった。と、まあ、こういう筋書きなのだが、脱走兵たちをメキシコ人に置き換えれば、そのままB級西部劇だ。ジョン・ウェインやランドルフ・スコット、ジュリアーノ・ジェンマも泣いて喜ぶこと間違いなし、そう言っておこう。



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by osampo002 | 2010-12-30 13:31 | 本を読もう!

12/5







>佐々木譲
「ワシントン封印工作」
★★★★★






宇江佐真理
「君を乗せる舟」
★★★★★






>宇江佐真理
「おぅねぇすてぃ」
★★★★★






宇江佐真理
「雨を見たか」
★★★★★






>宮部みゆき
「孤宿の人(上)」
★★★★★






宮部みゆき
「孤宿の人(下)」
★★★★★





 もはや宇江佐真理には逆らえん、そういう気がしてきた。こうも★5つが続くと、次に読む本には通常以上の期待がかかるものだが、どれ一つとしてその期待を裏切ったものがない。どれほどの手練れであっても、たまには取りこぼしってものがあるのが普通だが、この北海道在住のおばちゃん作家には、それがないみたいだ。ボクが知る限り、そういう作家は浅田次郎以来だ。
 おそらく、★5つレベルへの障壁が、ものすごく低い作家なのだと思う。手抜き、とは言わないが、さほど呻吟しなくても、普通に書けば★5つのレベルに到達してしまうのだろう。それだけ、驚異的な能力を備えているってことだろうと思う。
 でも、そういう作家でも、作品の良し悪しは当然出てくる。同じ★5つでも、6つ差し上げたくなるような作品もあるってことだ。今回読んだ3冊では、「おぅねぃすてぃ」がそれだった。名作である。
 時は明治、まだ文明開化の熱の冷めやらぬ時代、通詞(通訳)になることを目指しつつ函館の商社で働く千吉と、横浜でアメリカ人の妻となっていたお順が、ふとしたことで再開する。二人は幼馴染み、互いに淡い恋心を抱いていた同士だった。
 江戸時代の下町を舞台にした小説がウリの著者にとって、初めて手掛ける近代である。果たしてどうなることやらと危惧していたら、要らぬ杞憂であった。サムライの時代の影がまだ色濃く残っている明治初期を、見事に描写している。それに、このロマン。ロマンス小説などというと、たいていは男の側か女の側、どちらかの視点でしか書けない作家が多い。男の作家には女心の機微が分からず、女の作家には男の性というものがいまいち理解できないからだ。
 しかし、宇江佐は違う。著者近影を見ると、フツーのおばちゃんである。失礼ながら、とてもじゃないが、恋愛遍歴を重ねてきたとは見えない。だが、ここまで深く男女の心の襞に分け入っていくことができるとは、タダモノじゃないのだ、このおばちゃんは。
 ストーリーは、宇江佐の小説にしては珍しく、けっこうな紆余曲折、波乱があり、葛藤に苦しむ2人がいる。再燃した恋が成就できるのか、最後まで目が離せない本であった。

 「君を乗せる舟」と「雨を見たか」は、両方とも髪結い伊三次捕物余話シリーズ、その6番目と7番目に当たる。こういうシリーズものの場合、たとえば銭形平次や水戸黄門などのように、主人公が歳を取らないシリーズもあるが、このシリーズでは、版を重ねるごとに登場人物は歳を加えていき、それとともに、小説の中で活躍する人物も、少しずつ代替わりしていく。この頃になると、伊三次が仕える同心不破友之進の嫡男龍之進も同心見習いにまで成長し、話の本流は、彼と、仲間の見習い組5人の事件捜査がメインになっていく。伊三次がときには脇役になるほどだ。
 捕物帖であるから、事件とその謎解きが話の骨格を為すべきだが、宇江佐の場合はそうはならない。むしろ、伊三次と女房のお文、同心の不破友之進を囲む人々の、人情の機微を描くことに主眼があるような気がする。それだけに情緒たっぷりで、江戸下町の風情が、まるで実際にそこで暮らしているかのように感じられるのである。

 「ワシントン封印工作」は佐々木譲お得意の戦史もの。ただし、この小説の舞台は第二次大戦勃発直前のワシントン、主人公は日本大使館の館務補助員に採用された留学生の大竹幹夫、それに、日系2世のミミ・シンプソン。タイピストであるミミは、CIAから送り込まれたスパイであった。
 ストーリーは、日米開戦をなんとかして避けようとする米国政府と日本大使館の、丁々発止の駆け引きを縦軸に、幹夫とミミとの恋を横軸にして進行する。大きく開戦に傾く本国日本の意向で、日米の外交交渉は遅々として進まない。そういう中、米政府は、ミミからもたらされる大使館内の情報と、暗号解読によって知ることになる日本政府の動向をもとに、なんとかして日本を抑え込もうとする。非常にスリリングな展開である。
 ストーリーは、最後の最後、真珠湾攻撃から2週間後のクリスマスイブに結末を迎える。幹夫とミミの運命やいかに、歴史の奥底に永久に封印された秘密こそが、その運命の行きつくところなのだった。

 宮部みゆき「孤宿の人」が、先週読んだ6冊の中では一番だった。単行本で上下2冊の大部だが、2日で読み終えた。ちょっと、他のことには手がつかないといった感じで夢中になってしまった。
 幕府の勘定奉行加賀様が、讃岐丸海藩にお預けとなって来藩することになる。妻子を殺し、家来たちを惨殺した咎めを受けて、流されてくるのである。その加賀様が入る座敷牢は、昔、毒殺事件があって以来、閉鎖されたままになっていた屋敷であった。
 鬼の加賀様が江戸から不吉なものを持ち込むという怖れに人々がおののいている最中、医師の妹が毒殺される。目撃していたのは「ほう」、運命の糸に手繰られるかのように、江戸から讃岐にやってきた少女であった。「ほう」とは阿呆の「ほう」、ちょっとおつむの弱い女の子である。
 その「ほう」と、女だてらに引手(岡っ引き)の見習いを務める宇佐、この2人が、藩内で次々に起こる不吉な出来事に翻弄されつつも、強く生きていく様が綴られる。少女2人の健気な生き様と、次々に起こる事件とが絡み合い、物語は予想もしなかった方向に進んでいく。ストーリーテラー宮部の真骨頂ともいうべき小説だ。



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by osampo002 | 2010-12-13 13:05 | 本を読もう!

11/28







>浅田次郎
「王妃の館(上)」
★★★★★






浅田次郎
「王妃の館(下)」
★★★★★





 倒産寸前の旅行会社が、起死回生を狙ってとんでもないツアーを募集する。パリ・ヴォージュ広場の片隅にたたずむ、かのルイ14世が寵姫のために建てたという「シャトー・ドゥ・ラ・レーヌ(王妃の館)」、今は、一見の客は決して泊めない、敷居の高さでは世界一と呼び声高い超高級ホテルに、昼と夜とで2組のツアーをダブルブッキングするという離れ技を企画した。旅行代金は片や200万円、片や20万円、当然ながら、参加者の顔触れも「それなり」である。
 200万円の「光」ツアーには、ベストセラー作家と、それに付き添う編集者、成り上がりの不動産王とその愛人、心中目的で有り金を叩いた工場経営者とその妻、上司との不倫の末、リストラされた38歳のOL、率いるのは、この離れ技を考案したやり手ツアコンの朝霞玲子。一方の「影」ツアーを率いるのは、朝霞玲子のかつての夫で、気が弱く真っ正直な戸川光男。参加者は、猪突猛進タイプの元警察官、ゲイバーに勤めるオカマ、クレジットカード詐欺師夫妻、元夜間高校の教員夫妻、ベストセラー作家を付け狙う別の出版社の編集者2人である。
 それぞれのツアー客には、もちろん、これがダブルブッキングであることを悟られてはならない。パリにやってきた2組の日本人たちが、ドタバタの喜劇を繰り広げることになるのは、当然の流れである。
 しかし、言うまでもないことだが、浅田次郎が話をドタバタ喜劇で終わらせるはずがないのである。このドタバタ喜劇を、「泣ける」小説に仕上げてしまう。平成の泣かせ屋の面目躍如といったところだ。浅田次郎をナメちゃいかんのである。



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by osampo002 | 2010-12-13 12:39 | 本を読もう!

11/21







>宮部みゆき
「日暮らし(上)」
★★★★★






宮部みゆき
「日暮らし(中)」
★★★★★






宮部みゆき
「日暮らし(下)」
★★★★★






>浅田次郎
「天切り松闇がたり3 初湯千両」
★★★★★





 ラオスに5冊持っていき、帰国前にそのうちの4冊を読んだ。ほとんどは行き帰りの飛行機の中である。ホテルの部屋は灯りが十分ではなく、読むには読めたが目が疲れて、10ページほどで諦めた。一方、飛行機の中では他にやることがない。寝ているか、本を読んでいるか、どちらかだ。ハノイでのトランジット時間に読めれば良かったのだが、その時間帯はみんなで飲んで盛り上がっていた。
 「日暮らし」は時代小説である。ぼんくら同心の井筒平四郎と、いずれは養子に迎えようと思っている弓之助、その友だちの「おでこ」らが、前作「ぼんくら」で提示された因縁を解き明かしていくという筋書きだが、読み始めの第1章「おまんま」と第2章「嫌いの虫」を読んだら、これは短編小説集だと思ったことであった。登場人物がまったく重ならないし、ストーリーにも全然共通点がない。まさか、長編の中の1章1章とは思えなかったのである。
 この辺が宮部みゆきの憎いところだ。一筋縄ではいかんのである。副業でゲームのストーリー作りをやっていたというだけあって、重層的なストーリーの組み立てが、時代小説に限らず、宮部の一つの特徴になっている。読者は、全編にわたって揺さぶられ、最後の最後になって、やっとその重層構造が一つにまとまる解放感を味わう。稀代稀な才能と言うべきだろう。
 最近ハマっている宇江佐真理も時代小説だが、この点で宮部とは対極をなす。宇江佐のほうは、ストーリー展開にあまり波乱を作らない。ページをめくるたびに、閉じたほうのページの間にボク自身が少しずつ溶け出して、染み込んでいくようなしっとり感を味わう。読み終わった時には、ボクはすでに、本の中に移住させられてしまっている、そんな感じだ。描かれた世界に住んでいるような気分になってしまうのである。
 どちらがどちらとは言えない。小説としての「面白さ」では宮部に軍配が上がるのだろうが、味わい深さという点では宇江佐だとボクは思う。まあ、いずれにしろ、読んで損はない、面白い小説であった。

 浅田次郎については言うことはない。ボクに言わせれば、現在時点での最高の小説巧者が浅田である。この「天切り松闇がたり」シリーズは、江戸っ子浅田の力量満開シリーズで、しかも、版を重ねるごとにプロットの面白さが際立ってくる点、おそらく、作者自身も乗りに乗って筆を進めていることが伺われる傑作である。
 主人公はドロボー。しかも、捕まって牢屋に入っている。老人である。にも関わらず、他の受刑者や、のみならず看守、刑務所長までが彼のファンなのだ。彼が「闇がたり」する、古き良き時代の悪党たちの心意気が、聞く人々を捉えるのである。
 主人公天切り松の江戸弁がいい。江戸っ子浅田にしか書けないせりふだ。黒川博行の大阪弁もそうだが、方言にしか伝えられないニュアンスが小説の大きなポイントになっているという点で、小説の価値が一段も二段も高まっていると思う。



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by osampo002 | 2010-12-13 12:15 | 本を読もう!

11/14







>浅田次郎
「ハッピーリタイアメント」
★★★★★






カベルナリア吉田
「日本の島で驚いた」
★★★★★






須川邦彦
「無人島に生きる十六人」
★★★★☆






>宇江佐真理
「三日月が円くなるまで」
★★★★★






宇江佐真理
「さんだらぼっち」
★★★★★






宇江佐真理
「泣きの銀次」
★★★★★






>宇江佐真理
「玄冶店の女」
★★★★★






今野敏
「逆風の街」
★★★★★





 先週は8冊も読んだ。「ハッピーリタイアメント」を除けば、さほど厚い本がなかったということもあるし、奇跡的にも大当たり続きで、一気読みされられる本ばかりだったということもある。8冊のうち7冊までが★5つ、「無人島に生きる十六人」も星の数こそ4つ止まりだったが、面白さという点では文句なしだった。

 「ハッピーリタイアメント」は浅田次郎の新刊である。まだ文庫になっていない、採りたてのほやほやだ。通常なら、文庫になるまでじっと我慢の子なのだが、浅田次郎じゃ我慢がならぬ。大枚はたいて購入してしまった。
 浅田の小説作品は、ごく大雑把に分類すると、「シリアスもの」と「おちゃらけもの」に分けられる。エッセイという分野もあるが、それはほぼ例外なく「おちゃらけもの」であるから、たぶん、この2分類でほとんどすべてが括れるはずだ。
 「ハッピーリタイアメント」は、その分類でいえば「おちゃらけもの」に属する。でも、こと浅田に関しては、「おちゃらけもの」は単なるおふざけではない。しっかりとした柱が立っているし、文章は(現在時点の)文壇一だし、お約束通り、ちゃんと泣かせてくれる。
 銀行を退職した男と、陸自を退官した男の2人が主人公である。それに、天下り先となった機関の総務部主任の女が加わり、まさに税金泥棒としか呼べないその機関に対して、世直しを仕掛ける。ただし、怪傑黒頭巾風ではなく、鼠小僧次郎吉風にである。作中には著者浅田自身も登場する。かつて借金を踏み倒して逃げた経験があるにも関わらず、今は成功して大金持ちになっている浅田のような人々が、ストーリーに大きく関わってくるからだ。
 大枚はたいた価値はあった。というより、お釣りがたくさん来たというか、元取っちゃったというか、ストーリー展開も秀逸なら、オチも絶妙、できれば、★を今の倍、10個ほども差し上げたくなる超エンタメであった。

 カベルナリア吉田とは、こないだの虫食いイベントで知り合った。本職は紀行作家、副職は変身ものB級映画の収集家という変わり者である。仕事だけではなく、風体容貌まで変わり者という、ほぼ混じりっけなしの、正しい変わり者なのだ。
 その変わり者が出した本の一つである。バカ売れしているらしい。日本の島々を巡り、ぶち当たった体験談を語る。島々と言っても、縦に長い列島には、いろんな特殊性が残っている。風体の割には真面目なアプローチで、その体験談に迫る。お気楽本だが、お約束通りお気楽に読めたから文句はない。とても面白かった。

 例によって宇江佐真理である。全作網羅のワナに囚われそうだ。読む本読む本、例外なく★5つ、こんな作家はまずいない。上の浅田次郎だけが太刀打ちできる領域と言っておこう。
 先週の4冊の中では、最後の「玄冶店の女」が頭一つ衝き抜けているが、他の3冊もそれに劣らず名作でっあった。
 「玄冶店」と言えば、ボクと同じ世代の人には流行歌「お富さん」でむしろ記憶されていることだろう。「粋な黒塀、見越しの松に、仇(あだ)な姿の洗い髪」と歌う春日八郎の声まで思い出してしまいそうだ。一番の最後の歌詞が「えっさおう、げんやだな」であった。
 その「玄冶店」、江戸時代は、芸者や妾、囲われ者の女が多く住んでいた地域であった。その「玄冶店」で小間物屋を営む女と、周囲を取り巻く、やはり「玄冶店」の住人である女たちの物語である。宇江佐らしく、切った張ったの剣戟は出てこない。代わりに、女たちの心の中が、しっとりした文章と、登場人物に対する著者の思い入れで描写されていく。しみじみとした味わいが、長く心に残る小説であった。
 ところで、「お富さん」の歌詞だが、まだ小学校に上がるか上がらぬかというガキであったボクは、てっきりお祭り好きの人のことを歌った曲だと信じ込んでいた。「行きな黒兵衛、神輿の街へ」と聞こえたからである。

 今野敏に関しては、当たり外れが大きくブレる作家というイメージが、ボクの中で出来つつある。当たればでかいが、外れれば「金返せ!」と、その振幅の大きさにも特筆すべきものがある。
 その今野の「逆風の街」、これは当たりだった。横浜港にヤクザの死体が浮かぶ。しかし、ヤクザと見えた死体は、実は警察の潜入捜査官だった。暴力団組織に身分を隠して入り込み、信用を得たところでスパイに変身する警察官だ。
 一方、闇金から借金してしまった印刷屋がいる。連日の取り立てで、心身ともに疲れ果て、警察に頼ろうとするが、その警察は歯牙にもかけてくれない。その一件に、たまたま目をつけた暴対の刑事がいた・・・。
 ストーリー展開が早い。めまぐるしいほどだ。なので、ページをめくる手が休まらない。嫌でも一気読みさせられてしまう小説であった。

 「無人島に生きる十六人」は、ボクの大好きな遭難ものである。無人島に流れ着いた16人の日本人水夫たちが、一人も欠けることなく無事生還するまでの出来事が綴られている。ただし、この事件が起こったのは明治時代、本も少年少女向けである。「15少年漂流記」のフィクション性はないが、どうしても物語を単純化、簡素化する嫌いが否めない。ノンフィクションとしての緊張感、切迫感、臨場感が文章から伝わりにくいという点で、★1つ分損をしていると思う。でも、たいへん面白い本であった。



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by osampo002 | 2010-12-13 11:39 | 本を読もう!

11/7





宇江佐真理
「余寒の雪」
★★★★★




佐々木譲
「くろふね」
★★★★★




宇江佐真理
「桜花を見た」
★★★★★





 先週の3冊の中から1冊だけを推薦しろと言われたら、躊躇うことなく佐々木譲の「くろふね」を推挙する。文句なしのエンターテインメントである。著者は、警察小説、和製ウェスタン、企業小説、近代史小説など、多彩な分野で傑作を世に送り出しているが、歴史小説の分野でも特筆すべき才能を発揮する。
 「くろふね」は、嘉永6年、ペリー提督率いる米海軍の黒船が浦賀に来航したときを端緒に、日本人として初めて黒船に乗り込んだ浦賀奉行所与力中島三郎助の生涯を綴った伝記小説である。動乱の江戸末期を、我が国を近代国家に生まれ変わらせるべく奮迅し死んでいったサムライの生き様が、見事な筆致で描かれている。文庫にしては大部の、460ページを超える長編だが、一日で読んでしまった。ページをめくる手が止められないというぐらいだったのである。
 中島三郎助の生き方も感動ものだが、登場する有名人たちの描写にも目から鱗の面白さがある。幕末の名傑とされている勝海舟の人物造形などは特筆ものだ。本所吾妻橋際の彼の銅像の下を通るたびに、苦笑を誘われることになると思う。
 前号で、ひょっとしたら前作網羅になるんじゃないかという予感があると書いたが、先週も宇江佐真理を2冊読んだ。まったく、あきれるぐらいにハズレのない作家である。「余寒の雪」も「桜花を見た」も短編・中編集だが、一篇一篇に漂う情感が、これぞまさしく宇江佐ワールドの真骨頂なのであろう。クセになってしまうというか、もうほとんど取り込まれてしまったというのが正直なところだ。まだ本のストックが20冊以上あるというのに、本屋に走って宇江佐を6冊買ってきてしまった。しばらくは抜け出せそうにない。



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by osampo002 | 2010-11-10 21:16 | 本を読もう!

10/31







宇江佐真理
「斬られ権佐」
★★★★★






佐々木譲
「警察庁から来た男」
★★★★★






今野敏
「警視庁神南署」
★★★★☆






宇江佐真理
「神田堀八つ下がり」
★★★★★






今野敏
「パラレル」
★★★☆☆






宇江佐真理
「ひょうたん」
★★★★★



 好きな作家はたくさんいるけれど、この著者の作品なら全部網羅してみたいと思わせる作家は必ずしも多くない。日本人なら庄野潤三、藤沢周平、浅田次郎ぐらいのものだし、海外ならディック・フランシス、エド・マクベイン、せいぜいその程度である。しかし、ここに宇江佐真理を加えてみたくなった。今年初めに出会ったばかりの作家であるが、ここまでに読んだ6冊がすべて★5つ、それも、できれば6つ差し上げたいぐらいの秀作揃いなのだ。多作家であるにも関わらず、これだけの高品質を維持できるというのが素晴らしい。先週の3冊も、文句なしに楽しめた。
 「斬られ権佐」は、憧れの対象でしかなかった医者の娘を、ひょんなことから助けることになり、その娘と夫婦になった仕立て屋の権佐が主人公。娘を助けた時に負った88ヵ所の刀瑕のせいで、「斬られ権佐」と異名をとる。その権佐が、八丁堀の与力、数馬の下っ引きとして出会う、6つの事件がそれぞれ短編にまとめられている。
 いわゆる捕り物小説とは趣を異にする。罪人にも弱さがあり、哀しみがある。その弱さや哀しみをとことん思いやりながら、権佐は捜査に携わるのである。いかにも女性作家の手だと思わせる、人情の細やかな描写が、深い味わいを漂わせる。最後の6篇目では、思わずうるうるしてしまったキットくんであった。
 「神田堀八つ下がり」は、副題に「河岸の夕映え」とあるように、神田掘沿いの6つの河岸を舞台にした短編集である。上の「斬られ権佐」は権佐を主人公とした連作短編集であったが、こちらはそれぞれが一つの小説になっている。ここでも、宇江佐の筆は、江戸下町に生きる市井の人々の心情を、女性らしい感性で見事に描ききる。
 「ひょうたん」は、今にも潰れそうな本所の古道具屋・鳳来堂の音松とお鈴夫婦が主人公。6篇の短編連作集である。若いころは手の付けられぬほどの遊び人であった音松だが、お鈴を迎え入れたことで改心し、鳳来堂の立て直しに邁進する日々を送っている。音松のもとには、かつての遊び仲間たちが毎夜のように訪れる。この連作集は、夫婦というもののあり方を描くと同時に、友情という一面も大きなテーマとして扱われている。一篇一篇が心に沁み通ってくるような情感に満ち、読み終える都度、しばらく反芻しないと次の一篇のページがめくれない気持ちに囚われる。あざとさを全く感じさせることなく、うるうるさせられてしまう書き手は、そうそういるもんじゃない。

 佐々木譲「警察庁から来た男」は、以前ここに書いた「笑う警官」と「警官の紋章」のちょうど中間に位置する道警シリーズの一篇である。登場人物が重複するし、第一作でテーマになった道警の汚染事件が一本の線となってシリーズを貫いている。
 この第二作では、第一作の汚染事件後、警察内部の不透明さは払拭されたはずだったのに、突然のように警察庁から査察の手が入る。汚染事件があぶりだされるきっかけを作った津久井刑事は、内部告発を道警に対する裏切りと取られ、警察学校の用務員に左遷されている。だが、警察庁から来た男、キャリアの藤川警視正は、その津久井に協力を求める。警察庁がなぜ道警に目をつけたのか、払拭されたと思われていた汚染が、まだ残っているというのか、あぶりだされてくる事実は意外な展開を見せる。テンポのいい警察小説である。

 今野敏を2冊。ハズレの少ない作家であるが、「パラレル」はいただけなかった。ボクの好みの問題でもあるが、オカルトはいけない。あり得ないことで小説が書けるなら、なんだって書けちゃうじゃないか、卑怯者め、という感じ。
 一方、「警視庁神南署」は警察小説の今野の面目躍如といった一篇で、けっこう面白く読ませていただいた。犯人の目星が途中である程度ついてしまうというところがあるが、その犯人を「落とす」過程に読みごたえがあって救われたという感じだった。



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by osampo002 | 2010-11-10 21:00 | 本を読もう!

10/11-10/17







佐々木譲
「疾駆する夢(上)」
★★★★★






佐々木譲
「疾駆する夢(下)」
★★★★★






佐々木譲
「廃墟に乞う」
★★★★★



 デビュー作「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞したのを手始めに、主だった文学賞はほぼ総なめした感があった佐々木譲だが、今年はその頂点を極めたというべきか、第142回直木賞の栄誉を手にすることになった。それを記念して、というのではないが、このところ、この作家の小説を立て続けに読んでいる。先週のこの3冊以外にも、これから読むストックの中に6冊入っている。いったん気に入るとしばらくのめりこむという、凝り性ならではの読み方だ。カレーを「美味しい」などと言おうものなら、1週間毎日カレーが出たのが、ガキのころの我が家だった。母親から受け継いだ性分、ということだろう。
 「疾駆する夢(上下)」は、一代で自動車メーカーを世界レベルまで育て上げた男の話である。敗戦とともに自動車整備隊から復員してきた多門大作は、焼け野原と化した本牧で、一人だけの自動車整備工場を立ち上げる。多門の夢は、かつて1年間だけ働いたことがあったフォード日本工場で培った夢、我が国でもアメリカ車並みの自動車を作ることだった。
 手始めに、あちこちからかき集めてきた部品を組み立てたオート三輪を作って売りだす。これが、戦後復興期の産業界に歓迎され、多門自動車の発展が始まる。この小説は、多門大作という、生涯をかけて夢を追い続けた快男子の物語であると同時に、日本自動車業界の戦後史でもある。
 多門、ひっくり返せばモンタ、おそらく、多門自動車のモデルはホンダである。小説中に、我が国第3位のメーカーにまで上り詰めたという下りがあることからも、そのように推測される。しかし、ホンダも本田宗一郎も登場人物として小説中に出てくるから、主人公の人物造形がフィクションであることはもとより、多門自動車がホンダであるとも断じられない。通産省が主導する自動車産業育成政策にあくまで背を向け続けたホンダを念頭に、フィクションとしての多門自動車を造形したと言えるだろう。
 とにかく面白い小説であった。佐々木譲のストーリー作りはまさに天才だと思うが、その天才を如何なく発揮した企業小説だ。

 「廃墟に乞う」が今年の直木賞受賞作品。まだ文庫化されていないため、ケチなキットくんとしては、清水の舞台から飛び降りたつもりで単行本を買った。
 ある事件をきっかけに、心に重いストレスを抱えてしまった北海道警の刑事仙道は、心の病を治療するため休職扱いとなっている。その仙道のもとに、いろいろな事件が持ち込まれる。捜査権もなく、道警の捜査の邪魔をすることもできぬ仙道だが、一般人としての立場ながら、頼まれたからには断ることができず、事件に関わっていく。
 全部で6篇の短編からなる連作小説である。それぞれで別個の事件が扱われるが、それらの事件を捜査していく中で、仙道の心の病も徐々に快方に向かう。仙道の心が傷を負うことになった原因が最後の「復帰する朝」で明かされるが、そこに至るまでの仙道の心理描写もなかなか読ませる。佐々木譲は、「警官の血」や「警察庁から来た男」、「笑う警官」など、警察小説の分野でも優れた力量を示すが、その一つの頂点がこの連作集であろうと思う。



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by osampo002 | 2010-11-10 19:07 | 本を読もう!