北方謙三 「あれは幻の旗だったのか」 ★★★☆☆ 8月の『独り群せず』の書評にも書いたが、非常な多作家である。デビュー(実質的な)作が1981年の『弔鐘はるかなり』、次の年には早くも『逃がれの街』と『眠りなき夜』の2作、1983年には『さらば、荒野』、『鎖』、『真夏の葬列』、『逢うには、遠すぎる』、『檻』、『友よ静かに瞑れ』と6つの長編を上梓し、翌1984年になると、今回の『あれは幻の旗だったのか』に先だって、『君に訣別の時を』、『渇きの街』、『過去リメンバー』の3作品がすでに出版されていた。なんと、デビュー4年で13作である。驚くほかない。 しかも、それまでに受賞した文学賞は皆無、無冠なのである。にも関わらずこれだけの作品が上梓されたのは、それまでに例を見ないクールな語り口による、新しいタイプの「日本型ハードボイルド」のタッチが多くの読者を惹きつけたからに他ならない。『逃れの街』は早くも1983年に映画化されている。瞬く間にハードボイルドの寵児に登り詰め、出版社が放っておかなかった事情が伺われる。 かく言うボクも、デビューから10年ばかりは北方謙三をむさぼり読んだ。だが、多作であり、かつ、常に新鮮さを維持し、レベルを高めていくことは、よほどの天才であっても困難である。いつしか「書く職人」に堕する。そういう作家は枚挙にいとまがないと言うべきだ。 北方についても、ボクは飽きた。その飽きる前に買った本が、実家の本棚に店晒しされていたので、上の写真の豪雨の日、母親の介護に行く鬼嫁を車で送ったついでに1冊持って帰ってきたのである。20数年ぶりに読み返してみたらどう感じるか、それを確かめようと思ったからだ。 で、結論を言うと、すでにデビュー4年目の時点で、文章からは深みが消え、ストーリー展開は安易に流れ、風格にも破たんが兆していたことが分かった。まだ若かったから、それに気づかなかったのだ。読み返してみて、えらく損をした気分になった。
by osampo002
| 2010-11-10 14:10
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