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2009/07/22 WED (No.2300)


電力錯綜







 お田んぼ倶楽部の2泊と昨日のトイレタイム、そして今日の洗濯タイムに銀林みのるの「鉄塔武蔵野線」を読んだ。2泊の間は、宴会が終わった後のベッドの中だったし、昨日はメルマガ配信で多忙を極めていたからトイレの間だけ、つまり3日間は触りの部分しか読めなかったのだが、今日はコインランドリーでお田んぼ作業着の洗濯をやったから、1時間ちょっとのまとめ読みができた。
 不思議な小説である。どこにでもあり、また、だれもが目にしていながらその存在を忘れている高圧線鉄塔、その鉄塔をこよなく愛する小学5年生の見晴は、家の近所に立つ鉄塔に、武蔵野線75号という標識を見つける。75号の隣は76号、試しに遡ってみたら81号がある変電所が終点であった。
 終点があるということは起点があるはずだ。翌日、3年生のアキラを誘い、2人は自転車を駆って1号鉄塔を目指す冒険旅行に出発するのである。鉄塔を辿っていけば、秘密の原子力発電所に到達できる、少年たちはそう信じて進んでいく。
 1994年に第6回の日本ファンタジーノベル大賞を受賞した作品である。作者自身の撮影による同じような鉄塔写真が散りばめられた応募作に、選者たちは一様に違和感を抱いたらしい。しかし、読んでみたら愕然、全会一致で大賞に選ばれてしまった。選評によると、荒俣宏氏「一作にして「鉄塔文学」というジャンルを作ってしまった空前絶後の作品」、井上ひさし氏「これまで見ていながらじつは見えていなかった風景を、見えるようにしてしまったという点で、まさに人間の心理的盲点めがけて投じられた一個の文学的爆裂弾」、安野光雅氏「鉄塔群は自然の風景の中の異物として、いつも白眼視される存在だった。しかし一度見方を変えると、屹立する巨人にも見え、このごろはやる大観音像よりよほど美しく見えてくる。どうやらこれは、文学の突然変異である。」
 半分ぐらいまでは、むしろ退屈な小説だ。だが、不思議なことに手離す勇気が出ない。少年たちの世界に、いつの間にか浸っている自分を発見するのである。じわじわと染み込むように感動が押し寄せてくる。
 文体は完全に大人の文体である。しかし、だからこそというべきであろうか、大人になってもどこかに眠っていた「少年の心」が呼び覚まされるのだ。鉄塔番号が一桁になったあたりからは、感動のあまり目が潤んでくる。そして、意外な結末と、驚きの後日談、読了後しばらくは、波立つ気持ちを抑えきれなかった。
 作者は、実質的にこれ一冊だけという無名作家だが、筆力は確かだし、なにより、少年の心理を、まるで自分自身が少年であるかのように描く力を持っている。この作品、1997年に映画化されている。DVDを探してみることにしよう。




今日のプレミア版


鉄塔のある空き地




展示作品:
通常版「鉄塔のある空き地」
エッセイ:空振り
今日のポイント:鉄塔は美しい
ネット撮影会講評:純之助さんの作品
「仕事にならんぞっ!」

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by osampo002 | 2009-07-22 22:24 | 本を読もう!
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