2009/01/25 SUN (No.2122)


清流







 宇都宮の西下ヶ橋を再訪した。2週間前の17日に続いて二度目の取材(プレミア版参照)だが、ボクらの田んぼがある松之山とは、まさに対照的な農業である。四角く圃場整備された田んぼが、幾何学的に連続している。
 高低差ゼロであるから、その田んぼがとてつもなく広い。普通で1町歩、一番広い田んぼは2町3反もあるのだ。土地の古老との立ち話で、集落に1軒だけ、とっても真面目な百姓がいて、除草剤を撒いてあるにも関わらず、田植えのあとに夫婦で草取りやるのだそうだ。
 その草取りだが、田んぼのこっちの端に旦那、あっちの端に女房がいると、大声で怒鳴っても声が届かない。しょうがないから、二人して携帯を持って作業をしているのだそうだ。
 ボクらの田んぼは、昨年の耕作面積が7畝であった。0.7反である。ボクの高校時代の同級生に五反田くんというのがいるが、昔は、5反の田んぼ持ちは、豪農とまではいかないまでも、かなりリッチな百姓だった。明治の世になって百姓も名字を名乗ることになったときに、田んぼが自慢できる広さだったからこそ名乗った名字であろう。
 この5反という面積、小作人を雇わずに、家内だけで農事ができる限界でもあったそうである。昔は、すべてが手作業であったから、それ以上の広さがあると、人を雇う必要があったということだ。
 で、2町3反である。しかも、1枚だけではない。農機がなければ不可能だ。その農機も半端じゃない。まるで、ここはカリフォルニアかというぐらいの大型だ。耕運機、田植え機、コンバイン、最低でもこれだけは要る。1台1千万円ではきかないだろう。当然、除草剤、化学肥料は必須。
 確かに、米は大量に、かつ安定的に収穫できる。全部農協が引き取ってくれる。しかし、収入の大部分は農機や肥料の借金返済で消えてしまう。松之山あたりの農業に比べれば、それは比較にならないぐらい安定しているではあろうけれど、百姓って仕事は、我が国にあっては大儲けはできない仕組みなのだ。
 一方、機械化農業で作った米も、手作業でしこしこと作った米も、同じ等級なら農協の買い取り価格は同じである。最近でこそ、規制緩和で自主流通米がOKになったけれど、普通の百姓で販路を自主開拓できる人がそんなにいるはずはない。松之山の百姓が消滅していくわけである。
 お田んぼ倶楽部の若頭であり、お散歩ネットの古参会員である相沢くんが、脱サラして故郷の松之山に帰ることになった。現地で職探しをするとは言っているけれど、このご時世、たぶん無理だろう。百姓になる可能性が大きいとボクは思っている。
 彼のことだから、ほぼ間違いなく無農薬、一歩譲っても減農薬でコメを作る。しかも、耕地面積はお田んぼ倶楽部といい勝負であろう。その相沢くんが作るコメ、ぜひともみなさんで買って欲しい。なんたって、草刈り機すら使えない機械音痴である。彼が作るであろうコメは、間違いなく手作り100%だ。いずれは松之山に骨を埋めるにしても、しばらくは生き延びさせてあげたいと思うのである。


今日のプレミア版

畑焼き



展示作品:通常版「畑焼き」など11枚
エッセイ:畑焼き
今日のポイント:休載
ネット撮影会講評:休載

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by osampo002 | 2009-01-26 02:29
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